2000年01月05日
<訃報>闘志の人、タイガー山口さん逝く
山口敏明氏(やまぐち、としあき=東ソー元社長・会長)
【カテゴリー】:人事/決算
【関連企業・団体】:東ソー、プラスチック処理促進協会

 3日午前7時42分、尿管がんのため、東京都港区の済生会中央病院で死去。71歳。自宅は千葉県習志野市鷺沼台3-14-38。密葬は故人の遺志により、近親者のみで行われる。東ソーでは社葬にかわり「お別れの会」を行うが日取りなどは未定。喪主は長男昌利氏。

化学業界の歴史に大きな足跡残す山口敏明氏

 故山口敏明氏は昭和26年3月に東京商科大学(現一橋大学)を卒業と同時に東洋曹達工業(現東ソー)に入社、いらい、優れた大局観に基づいた分析・企画力をフルに生かして企画部門のほか、ファイン・スペシャリティー事業や海外事業等々、多くの事業部門でもそれぞれ多大な成果を上げ、同社の抜本的な体質強化と発展・拡大に大きく寄与した。新大協和石油化学の育成と合併によって総合化学企業としての強力な基盤作りを果たしたことも功績の一つに数えられる。
 また、昭和59年の社長就任後は塩化ビニル工業協会会長、プラスチック処理促進協会会長など化学業界団体の会長を歴任する傍ら
、経済同友会の副代表幹事にも選任されて地球環境委員長や労働委員長を務め、産業界や政府に対して積極的に改革を働きかけるとともにその実現にも尽力した。この間、政治家に対しても批判すべき点はストレートに批判し、産業界の喝采を浴びる反面政界の守旧派と真っ向から衝突してなお一歩も引かぬなど反骨精神旺盛なところも披露してきた。
 ”タイガー”のニックネームで地位や年齢を問わず多くの人々から親しまれてきた人でもある。ニックネームの由来を問われると、”若いときに技術導入の交渉でアメリカに行ったとき、相手とスタンドバーで痛飲した際に同席した上司が、山口のような大酒のみを日本では大トラと言うと紹介したのが始まり”と苦笑まじりでエピソードを披露していた。