『日本はアジア全体の石化発展のリーダシップを』

 

石油化学工業協会会長(昭和電工社長)

大橋 光夫 氏

 M.OOHASHI

 わが国の石油化学業界を取り巻く経済環境は依然として厳しく、各社とも当初の予想以上に収支バランスを大きく圧迫されている。市場全体の強い抵抗にあって、原料ナフサの高騰によるコストアップ分を製品価格に転嫁できないままきていることが大きい。この悩みからの早期脱却は決して容易でなく、加えて、大型外資のアジア地域への参入が本格化しつつある点も軽視できないところだ。いよいよ石化各社とも、業界再編をはじめとした抜本的な体質改善に本腰を入れて取り組むべき時を迎えたと言えそう。石油化学工業協会の会長に就任して2ヶ月たった大橋光夫氏(昭和電工社長)にこうした石化産業の現状に対する見解と石化協会長としての抱負を聞いてみた。

━はじめに、わが国の石油化学業界の置かれている現状についての見解からお聞きしたい。

 言うまでもなく最大の問題は、石化業界全体が依然として低収益体質から脱却できないでいる点にある。欧米の化学企業のトップと顔を合わせると、皆が申し合わせたように、“どうして日本の化学メーカーは十分な利益を上げられないでいるのか”と聞いてくる。誠に恥ずかしい限りだ。
 理由は多岐にわたるが、最大の要因は社会的コストが他の国に比べて著しく高い点にあると言って過言でない。わが国の場合は、人件費、土地、プラント建設費等がアジアの他の国と対比すると少なくとも30%は割高であり、ランニングコストに占める人件費の割合も極めて高いレベルになっている。しかも、欧米にない様々な種類の法規制が壁となってコスト合理化が思うように進まないケースもいくつかある。こうした中で欧米の石化企業と同等の利益を確保していくのは容易でない。
 とは言え、われわれ自らが厳しく反省しなければならない点もある。収益改善に対する貪欲さとか執着心とかが石化業界全体に欠けていたと言われてもしかたがない面がある。この点は素直に認めて、改めていかねばならない。

━ついては、どんなことから手をつけるべきとお考えですか。

 当面の最重要課題は、製品価格の適正化と一層のコストダウンの推進の2点に集約できる。中でも特に急ぐべきは製品価格の是正だ。関係者の中には、ナフサの高騰に合わせて値上げすればアジア諸国からの石化製品の輸入がうんと増えるのではないかと心配する向きもあるようだが、私はそれは杞憂にすぎないと見る。韓国や東南アジア諸国も全く同様の原料高に頭を痛めているので、赤字で大量輸出を続けてくることはまずないはずだ。
 それに、私たち石化メーカーが、原料のアップ分のうち合理化によるコストダウン分を引いた残りを製品価格に転嫁していくのは当然のことであり、それを怠れば企業は存続していけなくなる。上げてしかるべきものが上がらないままきているのは、努力が不足しているからと言うほかない。
 製品価格の適正化がどうしても必要と言える理由はもう一つある。それは、焦眉の急となっている国際競争力の強化には、スクラップ・アンド・ビルド等の大掛かりな設備投資が不可欠であり、そのためかなりの規模のキャッシュフローが必要となるからだ。したがって製品価格の適正化は、少し大げさと言われるかも知れないけれど、国民経済的観点からもぜひ必要ということになる。

━一方、国際競争力の強化策の中には巨額のキャッシュフローなしで実現できる方策もあるのでは………。

 ポリマーの品種の統合や物流の合理化などが当面のテーマとして挙げられる。これらについては、いわゆる商慣行の改善の一環として数年前から通産省の支援も得ながら各社が実行段階に入っており、かなりの成果も上がっている。当然、これらは石化協の重要課題の一つでもあるので、今後もさらに徹底を図っていきたい。

━それ以上に大切なのは業界再編だと言われて久しいのですが、このところ足踏み状態に陥っている印象を受けます。大橋さんはどう見ていますか。また、石化協としての推進策があればそれも合わせてお聞かせ下さい。

 ポリオレフィン、ポリスチレン、塩ビ−−等々、樹脂業界の再編はかなり早いテンポで進んできたと言ってよい。エチレンセンターの再編はまだだが、これは、石化コンビナートが多彩な誘導品メーカーによって構成されているものだけに簡単にいかない。けれど、それが実現できなければ石化業界全体の集約化が不可能というものではないはずだ。弾力的に取り組んでいけばよいのではなかろうか。
 石化協はそうした再編を直接推進していく役割を持つものでないが、業界全体に再編・集約の機運がもっと盛り上がるように持っていくようにはしたいと考えている。

━ついては、石化協のこれからの役割について、もう少しお話いただきたい。内外の環境が大きく変化してきているだけに、自ずと石化協の使命もこれまでといささか異なるものになると言えます。大橋会長としては、どういう方向にリードしていくお考えでしょうか。

 一つは、さきほど申し上げた再編・集約化の意識の広がりを促すことにある。
 しかしそれに劣らず石化協に取って重要なテーマはアジアの中でのリーダーシップをどう発揮していくかだ。これまで日本の石化メーカーは、日本国内の問題解決にエネルギーを集中し、アジアの他の国との関係については余り重視してこなかった。しかし、好むと好まざるとにかかわらずアジア全体の石化産業の調和を図るために日本の石化業界が果たすべき役割は大きくなっている。
 こうした点を考えると、先ずは自らがアジアのできるだけ多くの国の石化業界のリーダーと対話の機会を多く持つようにすることが大切と言える。5月に横浜で開いたアジア石油化学会議にはこれまで以上に多くの石化関係者が集まり、様々な問題について極めて活発な論議が行われた。この時にも、日本がやるべきことは沢山あると痛感させられた人は私だけではなかったと思う。先ずは、各国がともに発展していくに必要な基本的なフィロソフィーについて率直に意見を交わせる場を作ることから始めたいと考えているところだ。通産省でも西出課長が中心になってアセアン諸国と化学産業に関する政策対話を実施されているので、タイミングはちょうど合致すると言える。

━その他の課題としては何が挙げられますか。

 環境問題に対する適切な対応も重要テーマの一つだ。ただし、化学業界全体が効率よく狙いを果たしていくことが大切なので、例えば化学品の安全衛生問題は日本化学工業協会に、また廃プラスチック問題はプラスチック処理促進協会にそれぞれお願いしていきたい。むろん石化協も必要なデータや情報を収集して問題の発生を未然に防いでいく。

━一方、行政当局に強く要望したいことは何かありますか。

 石油化学業界にとっても、連結納税制はぜひ早急に実現してもらいたい行政テーマの一つだ。
 もっとも、何でもかでも行政に頼っていく生き方は取るべきでない。問題があれば極力自らの知恵で解決していくという姿勢が大切だ。ただし、業界の知恵や工夫では解決できない問題、例えば社会的コストの縮小の手段の一つとしての規制緩和などについては行政当局にしかるべき対策の早期展開をお願いすることになる。

━石化協の組織はずいぶん簡素化しましたね。

 幸田重教・前会長が陣頭指揮でおやりになり、お陰ですっきりした体制になった。したがって、この件に関しては私の出番はもうない。あとは、多くを数える関連団体の統合・集約化が私のテーマではないかと考えているところだ。