2008年10月26日
新たな観点からの提言で注目される「安全な住環境に関する研究会」
上原裕之事務局長

 上原裕之事務局長に聞く
—研究会立ち上げの目的と今後の行動計画—

「住宅の省エネを健康の観点からも加速したい」と強調
樹脂サッシについては「屋内の温度差の解消に不可欠な材料」と評価

 “安全・安心で快適な住宅”の普及を目指す特定非営利活動法人「安全な住環境に関する研究会」の活発な啓発・啓蒙活動がここにきて住宅・建材関係の業界にとどまらず医学界や一般消費者の間でも注目されてきている。「これからの住宅は、健康の維持・増進と省エネの推進という二つの課題を同時にクリアできるものであるべき」との上原裕之・事務局長(「シックハウスを考える会」事務局長も兼務)の主張に共鳴した国交省、環境省、経産省など関係行政府が積極的に支援しはじめたため、各地で開催する勉強会(医学界や行政府、さらには建築・建材業界の代表等による講演とパネルディスカッション)は極めて盛況。加えて同研究会では、今後の活動をより科学的かつ効率よく展開していくことを目的に、今月から全国の住宅居住者を対象に住まいと健康に関するアンケート調査を実施することにもしている。

 「この調査によって、多くの人々から客観的に評価されるデータを十分に整え、“世界のモデルとなる健康・省エネ住宅づくり”を国民運動に発展させていくようにしたい」と上原さんは力説する。そして「省エネに寄与すると同時に屋内の温度差の解消によって人の健康の維持・増進にも大きく貢献する樹脂サッシの普及の推進もぜひ重要課題の一つに掲げていきたい」とも述べる。

 四条畷市の「上原歯科医院」の休診日全てを同研究会の活動に充てて東奔西走を続ける上原さん。医学界でもそうした氏の思想と熱意に触発された支援者が急速に増えつつあり、活動の輪が一層大きく広がってきている。そこで、同研究会の今後の活動についてどういったプランを考え、そして関係各方面にどんなことを訴えていきたいかを聞いてみた。



— 先ずは「安全な住環境に関する研究会」の概要と発足に至る経緯等からお話いただきたい。

上原 会が発足したのは06年5月でした。現在の会員数は医学と建築の両分野の研究者と有識者や関係業界団体ならびに有力企業の代表合わせて35人です。樹脂サッシの普及に取り組んでおられる塩ビ工業・環境協会の樹脂サッシ普及促進委員会の代表の方も有力会員のお一人になっていただいています。

 会の活動内容については、研究会の規約を引きながら紹介させていただきます。
「シックハウス症候群やヒートショックなど住宅に関係すると言われる健康被害を対象に、空気質や温熱環境に関する調査・分析を行い、住宅が健康に与える影響等に関する知見を蓄積するとともに、それを活用することにより、国民合意可能な安全・安心で快適な住宅の供給に向けた仕組みを構築すること」。これが目的ということになります。

 整理すると、(1)住宅の環境が人体に与える影響についての調査・分析と知見の取りまとめ(2)安全・安心で快適な住宅の供給に向けたビジネスモデルの構築と人材の育成(3)行政および関連団体との意見交換及び連携(4)研究会の活動及び活動成果に関する広報・普及の4点が主要活動テーマということになります。

 発足のきっかけは、ある建築・建材展で「シックハウス研究会」が開催したセミナーに講師としてきていただいた旧厚生省疫学研究班長の岸令子さん(現・北大教授)から“最近は化学物質によるシックハウス被害こそ減っているけれどそれに替わって湿度や結露による健康障害が増えている。ところが現在はその問題はあまり重視されておらず、誰も的確な対応策を考えていない”との指摘を受けたことでした。

 そこで少し調べてみると、住まいの断熱性能が低いことによる結露の発生や湿度の上昇によって多くの高齢者や児童が様々な健康障害に悩まされていることが分ったのです。また、屋内における温度差の大きな違いによって風呂場や洗面所で多くの高齢者がヒートショックで亡くなっていることも判明しました。

 私の場合、長年シックハウス対策に係わってきただけにこれは見て見ぬふりはできないと判断していろいろ考えた結果、問題を解決するには医学界と建築学界のそれぞれの指導的な立場の方々に一体となって研究を進めていってもらうほかないと結論し、関西医科大学の原一郎名誉教授と東京大学大学院の坂本雄三教授に相談したところ、お二人とも、勉強会を立ち上げるなら研究リーダーを引き受けてもよいとおっしゃって下さったので新たな研究会を立ち上げることにしたのです。
 
— 上原さんは長年にわたって、自らが命名したシックハウス問題の解決に取り組んできました。その上原さんが、今度はシックハウス問題にとどまらず住宅と健康に係わる問題全体の解決に改めて挑戦することになりました。何が上原さんをそこまで駆り立てているのでしょうか。

上原 ご承知のように、化学物質によるシックハウス問題は大変やっかいな問題ではありますが直接人の命にかかわる心配はあまりありません。しかし一方の住まいの温度差の発生は、脳卒中や心臓発作を通して高齢者の命を奪うことになります。また屋内における結露の発生によって幼児や児童が重度のアレルギー疾患に犯されることにもなります。同じ健康障害でも及ぼす深刻度が大きく異なるのです。現に、冬場の冷え込みが激しい浴室や洗面所などでいわゆるヒートショックで命を落とす人の数は年々増加の一途にあります。ある統計では、ヒートショックの死亡者数は交通事故による死亡者を大きく上回って年間14,000人に達しているとされています。また、命を落とさないまでも寝たきりの生活を余儀なくされている人や長期にわたって病院通いが必要となる人の数も増えているようです。

 一方では、こうしたいわゆる温度差や湿度差によって生じた健康被害によって発生する国の医療費の負担総額も大変な規模になっているはずです。国家としてとても見逃すことができない問題となっており、関係者全体で的確な手を打っていくことが文字通り焦眉の急となっているわけです。

 さいわい私は、シックハウス問題の解決に取り組んできた中で、住まいと健康の係わりに関して多少の知見を得ることができました。つまり、屋内全体の温度を適温に保ち、そして湿度も最適な状態を維持できれば多くの健康障害が未然に防げる点がおぼろげながら分るようになっていたのです。そうした折に先に申し上げた岸さんから重要な問題提起を受け、そして建築学界や医学界の皆さんからも貴重なお話を聞くことができると同時に多くの方々が一緒になって問題解決に立ち上がろうとおっしゃるようになってきた。となれば、皆さんとともに研究会を立ち上げて大きな国民運動に発展させていくべきと判断して今日に至っているわけです。

— 問題解決の最重要ポイントは住まいの断熱化にあるということになりますか。

上原 そう思います。残念ながら現在の日本の家屋やマンションの多くは欧米と異なり断熱性能が劣ります。ために冬場は極めて寒く、夏場は耐え難いほど暑いなかで多くの人々ががまんを強いられてきています。そしてどうしてもがまんできなくなると冬はどんどんヒーターの温度を上げ、夏場はクーラーをがんがんかけっぱなしとなるのです。家庭からの温暖化ガスの排出量がどんどん増えていくのも当然です。

 さすがに政府も、地球温暖化問題の解決には家庭部門におけるCO2ガスの排出削減が不可欠と判断して住まいの省エネ・断熱化を強力に推進するようなってきました。身近な例としては、樹脂サッシと複層ガラスの組み合わせによる断熱・省エネ窓を設置する市民に対して補助金を交付するなりローン減税を導入するなどの支援措置が挙げられます。

 このように行政府が住まいの断熱化に積極的に取り組みはじめたことはまさに正鵠を射ていると思います。このまま住まいの断熱化が加速されていけば、増加の一途にあった家庭からのCO2ガスの排出量もいずれは縮小に向かうことでしょう。しかし、省エネの重要性を訴えるだけで一般市民が高断熱住宅への改造や新築に踏み切るかとなるといささか疑問と言わざるを得ません。

— そう言えば、断熱型の戸建て住宅やマンションの建設は関係者が当初予想したほど伸びていないようですね。またリフォームも伸び率こそ高いものの絶対数はまだまだ小さいと言わざるを得ません。やはり、少なからざる資金を用意してかかることも必要だからでしょうか。

上原 ご指摘のとおりです。ですが、住まいの断熱化が進めば自ずと人の健康の維持・増進も図れる点は疑いのないところなので、この点をもっと多くの人々に知ってもらえるようにすれば住まいの断熱化は一気に加速されるはずです。それを私たちの研究会では様々な科学的なデータを使って推進していきたいと考えているのです。

 大切なのは何といっても説得力に富むしっかりした実証データを揃えることです。実は私も、06年4月から07年1月にかけて自宅を断熱・省エネ型に改造してデータを取ってみたのです。窓は全て樹脂サッシと複層ガラスの断熱窓に替え、壁は全て高断熱材料による断熱壁に作り替えました。その結果、以前は床と天井との間で10℃〜17℃の違いがあった温度差がわずか5℃に縮小して家の中のどこに行ってもほぼ同じ適温の中で快適に過ごせるようになったのです。

 また結露や湿気によってもたらされてきたアトピーから子ども達が開放されるという大きな効果も得られました。あせもに悩まされることもなくなりましたね。こうした結果を、坂本教授の指導でリポートにまとめて07年3月に国交省の住宅局に提出したところ、高い評価をいただくことができました。研究会の立ち上げにはこれが大きな弾みとなりました。

— 樹脂サッシのお話が出ましたが、上原さんは樹脂サッシの性能についてはどのように評価していますか。

上原 樹脂サッシは省エネに寄与すると同時に、屋内のすべての部屋の温度を均一かつ適温に保つことができるので人の健康の維持・増進にも大きく貢献すると評価しています。ですから、この普及の促進も研究会の重要テーマの一つではないかと考えています。

— 樹脂サッシをはじめ、健康の維持・増進と省エネを同時に実現できる高断熱性の建材や技術は十分に存在していると言ってよいのでしょうか。

上原 そう言えます。高断熱で長寿命の樹脂サッシはもとより、壁材も薄くて断熱性能に優れた製品がわが国には十分存在しています。これまでは、その存在を知らなかったり、あるいは知っていても深く考えないでせっかくの価値あるものを使わないままできたのです。ですがこれからは、健康と省エネという二つの目標を同時に達成するためこれらの有力材料をフルに活用していく必要があります。そうすれば、わが国の工業全体の発展にも少なからず寄与していくことになるではないですか。

— 各地での勉強会の開催に加えて最近スタートさせた全国的な規模のアンケート調査では、そうした優れた建築材料の存在を一般市民の方々が知っているかどうかも調べることになりますか。

上原 そうですね。断熱のためにどんな手を打ってきたか。断熱材料にはどんなものを使ってきたか。そしてその結果どんな効果が得られたかといったことを詳細にお訊ねすることにしています。数千人の方にアンケート用紙を発送し、回答していただいたものについては順次公表していくことにしています。最初の発表は11月下旬に東京ビッグサイトで開催される住まいのリフォーム博で実施する予定です。二度目は来年3月の建築・建材展となるでしょう。

 住まいの断熱化が人の健康の維持・増進と省エネにいかに大きく寄与するかを一人でも多くの人々にはっきり認識してもらうようにすることです。多くの人々が新たな認識をお持ちになれば、自ずと《安全・安心で快適な住宅作り》の大きな国民運動に発展していき、政府も大きく動かすことになるはずです。ついては、化学企業の皆さんのご理解とご協力も心からお願いしたい。