「化学物質の安全確保を通して人の健康の確保を」

 

厚生労働省医薬局化学物質安全対策室長

山本 徹 氏

 T.YAMAMOTO

 化学物質の安全性を巡る論議が世界各所で一段と活発になってきた。一部のマスコミや市民運動家の中には、誤った固定観念から化学物質全てに盲目的に強い拒否反応を示す向きも現れており、それだけに化学業界や関係行政当局が一刻も早く問題点を的確に把握し、適切な対策を講じていくことが世の中全体から強く望まれている。こうした中で改めて注目されているのが、今年1月の省庁再編によって厚生省労働省医薬局の組織の一つとして再発足した「化学物質安全対策室」である。同室の場合、シックハウス問題からエンドクリン問題、さらにはダイオキシン問題など化学物質の安全性に深く係わる多くの問題全てに適切に対処していく役割を担っているからだ。そこで、山本徹室長に当面の化学物質の安全性の確保に関する基本政策と化学業界への要望を聞いてみた。
━化学物質安全対策室の守備範囲は、省庁再編に伴って一段と広がったという印象を受けますが、、、。

 化学物質の安全性に関しては、化審法や食品衛生法、さらにはダイオキシン対策特別措置法や家庭用品品質法など多くの法律が制定されており、当室は、その多くと密接な係わりを持っている。したがって、エンドクリン問題、シックハウス問題、ダイオキシン類問題等々、現在の世の中で注目されている化学物質問題の多くをカバーしていくことになる。
 もっとも、これらの問題全てをわれわれだけでカバーしていけるわけではないし、またそういうシステムにもなっていない。例えば、シックハウス問題については生活衛生課や国立医薬品食品衛生研究所との、またエンドクリン問題でも基準課や国立衛研との緊密な連携によって対応していく仕組みになっている。

━安全対策室の基本的な使命を一言で表すとどうなりますか。

 化学物質の安全性の確保を通して国民の皆さんの健康を確保していくこと−−、私はこれが基本的な命題と考えている。しかし、言葉では簡単に言えてもことは人の健康に深く係わることなので責任が大きく、いささかも手が抜けない。
 悩みは、シックハウスの問題にせよ、エンドクリン問題にせよ、問題の発生の原因が究明されていない点だ。しかもシックハウス問題などでは、現実に健康を害して日夜苦しんでいる人もいるので、原因が明確でないからといって何もしないでいるわけにはいかない。ここにきて、シックハウス問題に関わりを持ついくつかの化学物質に相次いで指針値を設定しているのも、そのへんを考えてのことにほかならない。

━そう言えば、シックハウスに関する指針値は最近急ピッチで増えていますね。

 けれどWHOは、およそ50物質について設定している。また、予防原則の徹底が世界の趨勢となりつつあることを考えても決して日本が急ぎすぎているとは言えない。7月に新たにテトラデカン、フタル酸ジ−2−エチルヘキシルダイジノン−−の3物質をガイドライン品目に追加したが、さらに2種類の化学物質についても検討することにしている。
 ただし、何でもかでもやみくもに規制しようとしているわけでは決してない。7月の「シックハウス問題検討会」の席でも説明したように、ガイドラインの対象は、あくまでも公正で科学的な論拠に基づいた6項目にもおよぶ条件に基づいて選定することにしている。また、測定法も同時に設定している。

━一方、エンドクリン問題も不確かなことが多いので完全な解決には時間がかかりそうですね。
 何が問題なのかが科学的に究明されていないケースが多いので、軽々に白とか黒の結論を下すわけにはいかない物質がほとんどを占めている。そうした中でいま何よりも大切なのは、実際にどんな問題が起こっているのか、またそれがどういう物質のどんな作用で引き起こされたのかをきちんと突き止めることだ。ついては、エンドクリン作用を持つ疑いがあるとされている化学物質が実際に生物や人にどんな影響を及ぼすのかを正確に判定できるだけの試験法の確立が不可欠と言える。
 現在、OECDを中心に先進各国が協力して先ずはスクリーニング法の研究に取り組んでおり、そう遠くない時期に世界共通の試験法が確立される見通しにある。厚生労働省の関係試験機関である国立衛研も、そうした国際協力活動におけるリーダーの役割を果たしている。
 そうしたなかで化学物質安全対策室が取り組むべき課題も多い。いま述べたOECDによるスクリーニング試験法の検討に加え、いわゆる逆U字現象の解明や超高速自動分析装置に供する物質の選定、確定試験法の検討、サンプリング・分析法の確立、暴露情報の分析・解析−−など実に多彩だ。現在これらのテーマについては、「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会」に検討をお願いしているところだ。年内には検討会の中間報告をアップデートしたい。
━ダイオキシン問題はこのところあまり話題にのぼらなくなったようですが、、、。
 一時のような取り上げられ方はなくなった印象だ。われわれとしては、引き続き情報を丹念に取りつづけて今後のTDIの見直しの必要性の検討に備えることが大切と考えている。
━「化審法」関係では特別の施策は必要ありませんか。
 最近は、化学物質に関わる情報公開が話題となってきており、世の中には、化学物質の毒性データは全て国が公開すべきという声もある。
 しかし、知的財産権の問題もあって国が勝手に企業のデータを公にしていいかとなると疑問だ。私たちは、企業が自主的に全てのデータを出すようにしていくことが望ましいと考えており、国の役割は、企業がそういった行動を取る必要があることを理解し、実行できるような環境を作ることではないか。
 化学業界も、世の中のそうした求めにできるだけ応えていくことが業界に対する社会の理解を得るには欠かせないことを十分認識して、より開放的な情報提供に努力していっていただきたい。
 一方、一般市民も化学物質と安全性の問題については、日進月歩で発信される新しい情報を取り入れて、より正確な知識を持って化学物質の問題に対応していくように望みたい。
━山本室長がこれから行政を進めていくに当たって大切にしていきたいとお考えの理念は何でしょうか。
 特に化学物質と安全性の問題のように人の健康に係わる問題では、密室で何かやっているのではないかと世間から疑いを持たれるようなことがあってはおしまいだ。したがって、可能な限り検討会等は公開にして、どんなことがいま話し合われているのかを一般の市民皆が正しく把握し、かつ十分に理解できるようにしていきたい。当然、検討会の公開だけでなく、様々な機会を捉えて正確な情報を機敏に広く提供していく考えだ。